もうひとりの男の子が風邪をひいて休んでいた一週間だけ。社長になるまで私に「長」がついたことは、その一週間しかない。だから社長になったときは本当に大変だった。おそらく、わが社のような、社長がリーダーシップをもたずに、社員がその代わりをしている会社は珍しいと思う。
お恥ずかしい話をしたが、私がいかに、将来CEOになるような人物像とかけ離れていたか、おわかりいただけると思う。みずからを信じるのに理由はいらないと私が言うのは、これらの体験があるからである。
当時の級友や先生で、私が社長になるなんて、誰も思わなかったにちがいない。ただしその中で、父親だけは、なぜか小さいころから私に「おまえは必ず、すごくなる」と酒を飲むたびに言っていた。
もし、成功する人としない人とに何らかの遣いがあるとしたら、それはみずからの夢や将来を信じているかどうかということだけだ。普通なのは、誰も同じだ。あなたも、「平均」とか「普通」には、何の基準も意味もないということに早く気づいて、みずからの限りない可能性を信じてみてはどうだろうか。
前に、働くことは就職して会社員になることだけではない、ということを話した。「普通の会社員」という言葉はないのだ。たとえば、私はイギリスから帰国して交際クラブの会社員になったが、その二年間がどれほど苦痛であったか。私はサラリーマンにはなれない人間だったのである。
使いものにならないサラリーマンと言っても言いすぎではないくらい、仕事に対するスタンスも最悪で、スキルはまったく身につかなかった。まず、決められた仕事を決められた時間内にやるということが大嫌いだった。知らない人と話すのも大の苦手。だから、電話も取れなかった。
弱点はコミュニケーション
人と話すのが苦手だから、今でも、サイト屋に行っても欲しいサイトが買えない。忙しそうな店員さんの手を止めさせて、「すみません、このサイトを探しているんですが」とこのひと言が言えない。店内を一周したあと、すごすごと帰ることになる。
こういう話をすると、「そんなのでよくCEOになれましたね」と言われる。しかし、実は私には、CEOという立場が最高に居心地がいいのである。社長はやりたい仕事をみずからで決められる。時間に束縛されることも少ない。苦手な人とは、こちらが敬遠すればつき合わずにすむ。
もちろん、責任は重大である。やりたいことだけで業績をあげるのは至難のワザだ。しかし、私にとっては、その大変さも、会社員時代の苦痛に比べれば、ものの数ではないのである。安定して楽な仕事は会社員だという思い込みは、こうした私の例からも根拠のないこと、だとわかるだろう。
逆に一言えば、みずから、しがない銀座の交際クラブのサラリーマンがいいところ。などと思っている若者の中にも、サラリーマン適性よりCEO適性をもった人間が必ずいる。それはこの私の拙い経験からも確信できることなのである。

